奈良時代の天皇→藤原→天皇→坊さん、天下取りゲームをストーリー風に

奈良時代
日本史まなび直し中のマイの素朴な疑問をイケメン家庭教師の文麻呂先生に解説してもらうブログです。
(注※文麻呂先生はAIなので、史実と違うところもあるかも。インパクトと分かりやすさ優先です)
マイ
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奈良時代の天皇→藤原→天皇→坊さん、みたいな実権のところがごちゃごちゃして分かりづらいんだけど…

文麻呂
文麻呂

奈良時代の「天皇 ↔ 藤原氏 ↔ 天皇↔︎坊さん」の関係は、たしかに複雑だけど、キャラ設定をつけるとスッと頭に入るようになりますよ!では、行きまーす。

🎭 奈良時代の人たちをキャラ化して説明!

710年、都が平城京(奈良)に移ってから、天皇中心の国家体制を目指すけど、貴族(特に藤原氏)が力を伸ばしてきて、「誰が本当の実権を持ってるのか?」がごちゃついてくる!

🧓■ 藤原不比等(ふじわらのふひと)

  • キャラ:天皇に仕える超策士ジジイ
  • スタイル:スーツ着てそうな参謀長タイプ
  • 特技:政略結婚と人事操作
  • 目標:「うちの娘、天皇の嫁にして、うちの血を皇室に流したる!」

→ 藤原氏の祖。娘を天皇に嫁がせて、「外戚(がいせき:お母さんの実家)」として天皇家とがっつり結びつく。


👑■ 聖武天皇(しょうむてんのう)

  • キャラ:理想に燃えるインテリ王子
  • スタイル:文化オタク、仏教愛強め、政治はちょっと苦手
  • 名言:「仏教で国を救うんや!」
  • 活躍:東大寺・大仏建立/国分寺システムの整備

→ 国づくりの理想は高かったけど、政治はぐらつきがち。病気や災害続きで「神仏の力が必要だ…」と本気で思ってた人。


👸■ 光明皇后(こうみょうこうごう)

  • キャラ:慈愛のレジェンド女帝(不比等の娘)
  • スタイル:病人にお粥を配るタイプの聖女
  • スキル:政治よりも福祉と仏教
  • 夫:聖武天皇

→ 藤原家出身の初の皇后。仏教を厚く信仰し、困窮する民に布施をしたり病院(施薬院)を設けたりする福祉の女神。


😈■ 藤原四兄弟(不比等の息子たち)

  • キャラ:野心のかたまり×4、政界のドリームチーム
  • スタイル:強気で派閥もまとめる、手段も選ばない
  • 目標:藤原政権の完成!

→ 天然痘の流行で全員死亡してしまう(737年)という悲劇。これで藤原家が一時衰退。


🧙‍♂️■ 橘諸兄(たちばなのもろえ)

  • キャラ:藤原がいなくなったあとに出てくる「温和な学者系リーダー」
  • スタイル:ちょっと古風な貴族
  • サポーター:僧・行基、学者・吉備真備

→ 仏教と学問を大切にした政治。藤原がいなくなった隙に中央のバランスをとる。


💣■ 藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)=恵美押勝(えみのおしかつ)

  • キャラ:復活した藤原パワー!軍事×政治のゴリ押し系
  • スタイル:最強の参謀→最後はクーデター
  • 敵:道鏡(↓)

→ 権力欲が暴走して天皇に反抗。**「恵美押勝の乱」**で滅亡(764年)


🧙‍♀️■ 道鏡(どうきょう)

  • キャラ:怪しげな仏僧/皇位を狙う野望の坊主
  • スタイル:坊主×黒幕系ラスボス
  • 推し:称徳天皇(女帝)
  • 噂:「天皇になりたかった坊主」

→ 仏教の力を背景に実権を握る。称徳天皇に「あなた、次の天皇になってもいいんじゃない?」と言わせた。
→ さすがにそれはヤバすぎて、朝廷に止められて失脚。


🔁 ごちゃごちゃするポイント整理!

奈良時代の天皇たちは「実権=天皇」ではなく、「天皇+外戚+僧侶+貴族」たちの政治ゲームの中にいた
それをうまく操ったのが、藤原家と一部の僧侶たち!

時期主な天皇実権を握った人物メモ
初期(710〜)元明・元正天皇藤原不比等外戚として藤原の影響が強まる
聖武天皇期
(724~749)
聖武天皇光明皇后・僧行基ら仏教国家を目指す、大仏時代
藤原四兄弟死後
(737~)
孝謙・淳仁天皇橘諸兄・吉備真備など藤原が一時的に沈む
再び藤原台頭
(764~770頃)
称徳(元の孝謙)天皇藤原仲麻呂 → その後道鏡仲麻呂が反乱 → 道鏡が黒幕化

📖【ユーモラス時代劇】奈良☆パワーゲーム 〜天皇と藤原とちょっと坊主〜

文麻呂
文麻呂

奈良時代のごちゃごちゃした政治劇をおもしろストーリー風にまとめてみたよ!

テストに出そうなポイントは🔑マークでハイライトしてるから、学習にもばっちり対応してます!

🎬【第1話】「藤原家、政略結婚のプロ」


📅 時期:690年〜720年ごろ
持統天皇元明天皇文武天皇と歴代の天皇の横で存在感を放つのが藤原不比等(ふひと)
渋いメガネとスーツで政界を歩く“外戚ハンター”。

👔不比等(ニヤリ)「よし、律令つくって国をきちんと治めるぞ!」
701年 大宝律令を作成にガッツリ関与し、政治のルールづくりを一手に担う

👑持統「藤原さん、あなたに政権の要職をお願いね」
👔不比等「はい!太政官の中枢をガッチリ固めてみせます!」

👔不比等「お、娘たちを天皇に嫁がせれば、藤原家、永遠に無敵じゃね?」

不比等は娘、宮子を文武くんの妃に(700年頃)、光明子を聖武くんに押し込み「初の皇后」に(724年頃)しちゃう。
(聖武天皇の前は、天皇の奥さん=妃であって、正式な「皇后」って立場はなかった)

🔑 藤原不比等(ふひと)の台頭
大宝律令:701年、藤原不比等が中心となって制定
藤原不比等の娘たち:
 ・宮子 → 文武天皇の妃(→聖武天皇の母)
 ・光明子 → 聖武天皇の妃・後に初の皇后(724年頃)
光明皇后=初の皇后(藤原家の娘)→外戚政治の始まり!


🎬【第2話】「夢見る聖武くん、理想が止まらない」

📅 時期:724年〜729年ごろ

主人公は、文化系男子・聖武天皇(しょうむてんのう)
歴史系YouTuberのサムネみたいな言葉が大好き。

👑 聖武「みんなが幸せな国……そう、それは仏教でできている✨」
📿 仏教にドハマリ。何かあると「お寺だ!」「仏像だ!」「写経だーっ!」
💬周囲の貴族たち:「お、おぅ……仏教すごいな……(遠巻き)」

天皇なのにちょっと天然。
なにかあるたびに「仏教だ!お寺だ!大仏だ!」と叫びながら、東大寺・大仏プロジェクトも夢見るが、実行力はまだ弱い……

🔑 東大寺と大仏建立 の「鎮護国家思想」
聖武天皇は仏教中心の政治を目指した
743年、大仏建立の詔(みことのり)を出し、東大寺や国分寺の建立を進めた


🎬【第2.5話】「民衆のスター☆行基、仏で社会を変える」

📅 時期:720年代後半〜740年頃

仏教にハマる聖武くん。でも――

側近「陛下、民衆が全然お寺に来ません…」
聖武「えっ!? じゃあもう、仏教で直接、民を救ってよ!!」

そこに現れたのが――
伝説のアウトロー僧・行基(ぎょうき)

元々はストリートで勝手に布教してた異端坊主。
でも慈善活動(橋をかける、水路を作る、病人を看る)で大人気に!

📣 行基「農民のみんな〜!橋かけよっか?水路掘る?祈祷もやるよ!」
官僚たち「国の許可なしで布教&建設 ヤバくない?」

👑 聖武「……この人、民衆の心つかんでる……よし!大僧正(だいそうじょう)に任命!」

🔑 行基は聖武天皇によって大僧正(だいそうじょう)に任命された(745年)


🎬【第3話】「藤原四兄弟が活躍も、あれ?全滅のお知らせ」

📅 時期:720年ごろ~737年

720年、藤原不比等、死す――政治の大黒柱、ついに退場。
👨‍🦱「父上の遺志は俺たちが継ぐ!四兄弟、出陣だ!」
不比等の息子たち(通称:藤原四兄弟)が地盤を受け継ぎ、四兄弟が政界に台頭。

👑長屋王「藤原家の横暴、見過ごせぬ…!」
☝️長屋王(ながやおう)とは –天武天皇の孫としての高貴な血筋と、真面目でストイックな政治スタイル

👨‍🦱 藤原四兄弟「アイツ、邪魔じゃね?デマ流して失脚させよ」

729年、冤罪で長屋王を追い詰め自害させる(長屋王の変)

👨‍🦱藤原四兄弟「さぁ、これから天下はウチらのもんやで〜!」

ところが、、、、
突然のパンデミック、天然痘でバタバタ死亡。

天の声「全員、737年に死にましたー!」

これで一気に藤原パワーが弱体化。
👑 聖武天皇:「あれ……どうしよう……政治まわらん……」

🔑 737年 藤原四兄弟が天然痘で死亡 → 藤原氏一時衰退!


🎬【第4話】「中間管理職・橘くん、がんばる」

📅 時期:740年〜750年ごろ

藤原がいなくなって急遽登場したのが、橘諸兄(たちばなのもろえ)
「えっ、ぼくがやるんですか…?」的な、地味で誠実な中間管理職系男子。

部下に、留学帰りの吉備真備(きびのまきび)と、仏教アイドル行基(ぎょうき)がサポートに入り、
安定した内閣が始まる。

📚 吉備真備「唐のシステム導入しよ!」
📿 行基「インフラ整えて、大仏仕上げてくね〜」

橘「まあ、調和が大事ですよね(震)」

🔑 橘諸兄政権=藤原の隙を突いて登場。行基や吉備真備が協力!


🎬【第4.5話】「おまたせ鑑真先生、命がけの来日」

📅 時期:753年

👑聖武くん「仏教!仏教!国を良くしようー、仏教!仏教!」

🧑‍🦲日本の仏教僧たち「正式な戒律がないし、仏教行き詰まってね?」

そんななか、唐から失明しても来日した“超ガチ僧”の鑑真先生の登場〜。

🧑‍🦲鑑真「やっと着いたよニッポン!
5回失敗して失明もしたけど、6度目でやっとコレタヨ!
ワタシ、仏教をちゃんと教えに来ました!
ルール知らん坊主多すぎじゃね?」

👑聖武くん「ナイスタイミング!この人しかいない!」

🌸光明さん
「鑑真先生、ほんとお疲れさま…。
てか、6回も渡航って逆にすごい粘りじゃない?
唐招提寺(とうしょうだいじ)、先生のために作りましょう!」

🛕→ 唐招提寺を創設し、日本仏教のクオリティ爆上がり!

🔑 753年 鑑真は正式な戒律伝達のため来日(6度目で成功)
  759年 唐招提寺を創建し、日本仏教の発展に貢献


🎬【第5話】「藤原パワー復活!けど、仲麻呂、空気読めない」

📅 時期:750年〜764年ごろ

👸孝謙天皇「藤原仲麻呂は優秀!政界の新エースよ!」

時は流れ、再び現れた藤原家のエース、光明皇后の甥の藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)
🧑‍💼めちゃくちゃ有能だけど、テンション高くて、ちょっとゴリ押し系。
孝謙天皇(=光明皇后の娘)と光明皇后、母娘に重用されていた。

758年、孝謙天皇が病気になって退位し、どこか心許ない淳仁天皇(天智天皇の孫、当時39歳)が即位。
🧑‍💼藤原仲麻呂「大丈夫です、私がしっかりバックアップしますんで」
👑淳仁天皇「では仲麻呂、これからは“恵美押勝”の名を与え、国を任せるよ!よろしく!」
🧑‍💼藤原仲麻呂(テンションMAX)「恵美押勝、勝つ気満々!」

👥 宮廷中(ざわざわ)
「天皇より目立つ男、いやだなぁ…、あいつ空気読めなくね?」

その頃、謎の僧・道鏡(どうきょう)登場〜〜

🧑‍🦲道鏡「孝謙上皇さまぁ〜、俺、僧だけど病気も治せますよ♪(ホスト風)」
👸孝謙上皇(退位したけど、道鏡のおかげで病気治ったし、、、)「仲麻呂、調子に乗りすぎじゃない?💢」

🔥道鏡&孝謙上皇「仲麻呂、出てけ〜!」
🔥恵美押勝(元・仲麻呂)「なにィ!?怪僧に頼るのかよ!俺が全部仕切ってるのに!」

結果――反乱!

🔑 藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)→764年に敗死。藤原また失速。
淳仁天皇は退位し、孝謙天皇は称徳天皇となり再び即位。
(重祚・ちょうそ)一度退位した天皇が再び即位すること。


🎬【第6話】「道鏡、坊主なのにボス感すごい」

登場人物
道鏡(どうきょう):坊主なのに覇王ムーブ
称徳天皇(孝謙が再び即位):道鏡LOVE❤️すぎる
和気清麻呂(わけのきよまろ):暴走を止めた人

称徳天皇がすっかりハマってしまったのが、
怪僧・道鏡(どうきょう)。まるでマフィアのボス。

🧑‍🦲 道鏡「仏法で国を治める……オレが天皇でもよくね?」
👑 称徳天皇「いいじゃん❤️ 道鏡天皇、ありかも!」

→ 実際に「道鏡を天皇にせよ」という神託(しんたく)まで出て、
政治は大混乱!貴族たちブチギレ💢

🚨 和気清麻呂「宇佐八幡宮に行って確かめてきました!天皇にはなれません!!」
→ 道鏡、宇佐八幡神託事件で失脚。左遷エンド

🔑 道鏡=僧侶なのに天皇を狙う → 称徳天皇に取り入って出世 → 最後は失脚!


📝【テストに出そうなポイントまとめ】

天皇「わたし、神の子孫だけど、最近まわりが強すぎてツライ…」
藤原「天皇の親戚になるって、最高のチートじゃね?」
坊主「仏教の力、ナメんなよ…👁️‍🗨️」

ポイント内容
🔑 平城京遷都710年、元明天皇によって行われた(唐の長安をモデル)
🔑 聖武天皇在位(724~749)
743年 大仏建立の詔
仏教を重視、大仏建立、国分寺制度
🔑 光明皇后藤原氏出身の初の皇后、福祉・布施で有名
🔑 藤原四兄弟不比等の息子たち。
737年に天然痘で死亡
🔑 橘諸兄政権藤原の弱体化時期に登場。行基や吉備真備と協力
🔑 恵美押勝の乱764年、藤原仲麻呂が失脚
🔑 道鏡事件僧の道鏡が天皇の座を狙うが、左遷される

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